”せっかち”を変える
自分ではせっかちではないつもりが人から言われてせっかちだと気付くことがある。
例えば、私はエレベーターを乗るときもドアの閉めるボタンを何度も押す、店のタブレットで注文するシステムのときも、タブレットのメニューを異常に力づく押してしまう。
以前も、私が子供のそろばん検定のため、送り迎えをした際に、回転すしでも昼ごはんを食べて帰ることになった。その際に、私は店の注文するタブレットを強く押してしまっていることを指摘されて初めて気が付いた。
注文が早く来るように、店のタブレットを強く押しているのかもしれない。 理由としては、休日は特に家族連れが多く、待ち時間が長い。案の定、天気も良く店に入ったとたん、待ち行列で30分待ちだった。
30分待ちの結果、いらいらしてテーブル席についた瞬間、店のタブレットを強く押して注文してしまう。
おそらく、私がイライラして余計な一言をまわりの人に言って迷惑をかけていたことがあったはずだ。
当然、私も、注文するタブレットを強く押してしても早く回転すしが届けられることがないことは知っている。また、エレベーターのドアの閉じるボタンを連打してもドアの閉まる時間が短くならないことは知っている。
そこで、日常生活の中で待つことをしようと思った。
エレベーターのドアを閉めるボタンを押さない。連打しない。エレベーターのドアを閉める時間も何もしなければ、システム的に3秒程度でドアが閉まることを知ったら、待てるようになった。
注文のタブレットを強く押さない。タブレットには、縦と横に走る多数の電極があり、静電気に反応して読み取っている仕組みがわかることで強く押さなくなった。
私は、日常生活の中でも待てるように変わっていこうと思う。私のせっかちがまわりに迷惑をかけていたこともあったはずだ。今後はこのせっかちが改善されて、私のいらいらがなくなってくれたらうれしい。